データブックには応用回路がいっぱい
LM3909のところで触れた『初歩のラジオ』の連載「データブックには応用回路がいっぱい」の一覧を作ってみました。
『初歩のラジオ』は持っていた全号を「夢の図書館」に寄贈したため手元には無いのですが、国立国会図書館のデジタルコレクションにありました。国立国会図書館内公開なので行かないと内容は確認できませんが、目次情報は読めるのでそれをもとにまとめています。
LM3909のところで触れた『初歩のラジオ』の連載「データブックには応用回路がいっぱい」の一覧を作ってみました。
『初歩のラジオ』は持っていた全号を「夢の図書館」に寄贈したため手元には無いのですが、国立国会図書館のデジタルコレクションにありました。国立国会図書館内公開なので行かないと内容は確認できませんが、目次情報は読めるのでそれをもとにまとめています。
またちょっと探し物をしていたところこんなモノが出てきました。
雑誌『模型とラジオ』の1981年11月号、実はこれ初めて自分で買った雑誌だったりします。
以前私の雑誌遍歴にも書いたように『子供の科学』『模型とラジオ』は学校の図書室や地域の図書館で読んでいましたが、遂に自分で買ったのがこの号になります。
これ以前も『太陽』のロボット特集やパズル特集号なども家にありましたがそれは父が買ってくれたものでした。
『模型とラジオ』は結局もう2冊(1982年1月と2月)を買っただけで『初歩のラジオ』に移行し、その頃からいろいろ買いまくるようになります。1983年から数年間は毎月何種類も買っていて、今から考えるとよくお金があったなぁとちょっと不思議。昼食代とか交通費とかケチってつぎ込んでいたような気もします。
このシリーズは久しぶりですね。
以前私のOS遍歴では使った操作環境について書きましたが、今回はどんな環境向けのプログラミングをしてきたかについて書いてみたいと思います。今回は組み込みOSも含めています。
最近発掘された部品はまだまだあります。ということで今回はプッシュスイッチです。
一つ目はこのプッシュスイッチです。
これ子供の頃に工作によく使ったスイッチですね。以前LX-3400のところでキットで買ったと書きましたが、確かそのキットにはこれが6つ使われていたように思います。
一時期(20年位前かな)秋月でも扱われていたこともありました。当時、昔のものとどこか異なっていたと感じた記憶があるのですが、それがどこだったのかよく憶えていません。
今回出てきたこれはいつ買ったものなのだろう?
さて、これメーカとか型番はどうなっているのだろうかと探したところ......
今回はホスト名についてです。
ホスト名とは、ネットワークに接続されたホスト(ワークステーション・パソコンなど)に付けられた名前で、DNSなどによって実際のアドレスに変換されます。定義として正確かはわかりませんが今回の話にはこれで十分です。要はリモートでログインしたりアクセスするのにアドレスより憶えやすい名前が使えるということですね。
パソコンなんかだとネットワークからアクセスすることは少ないのであまり必要は無く購入したときやセットアップ時に勝手につけられたのをそのまま使ってる人も多いと思います。
それだとアドレス憶えるのと大差ないので、サーバなど外部からアクセスものではもう少し憶えやすい名前が欲しいところです。
で、wwwとかmailとか機能名を付けることが多いわけですが、ホストと機能が一対一に対応しなかったりで本名は機能と関係なく付けて機能名は別名付けることも多いですね。
ちなみに本名でも別名でもIPアドレスに変換可能ですが、逆にIPアドレスから名前に変換しようとすると通常本名だけが得られます。
機能名は似たり寄ったりのものが多いですが、本名は命名者の趣味が出たりして面白いものがあります。
その2で市販トレーニングキットと同じように使えるようになりました。
しかしまだハンドアセンブルしたバイナリを入力して実行することしかできません。何らかの高級言語を使いたいところです。そうなると16進キーパッドや7セグメントLED表示器では不足です。
というわけで......
キーボード
16進キーパッドと異なりスイッチを並べて自作するのは難しいですが、当時でもキーボードは入手できたようです。
もちろんUSBのような共通のインターフェイスがあったわけではありません。単にキースイッチが並んでいるだけで自分でマトリクスを配線しなくてはならないもの、マトリクスの配線までされているもの、エンコーダまでついているものなどがあったようです。マトリクスタイプならキーパッドの数が増えただけのようなものなのでソフトウェアの変更は容易でしょう。
ディスプレイ
表示装置そのものの製作は困難なので既製品を利用します。最も安価なのはテレビで代用する方法で、ビデオ入力が無い場合はRFモジュレータを用意してアンテナ端子から入力します。
その1でプログラムを実行できるようになりましたが、スイッチを操作して書き込むのは非常に手間がかかります。また電源を切れば消えてしまい、再度入力しなくてはなりません。
バッテリバックアップ
SRAMを電池でバックアップ(あるいは電源を入れっぱなしに)すれば毎回入力しなくて済むようになります。
プログラムを暴走させて壊してしまうリスクはありますが、RAMを2つ搭載して片方の書き込み信号をスイッチで切れるようにして保護する方法もあります。
キーパッド
16進キーパッドと7セグメントLED表示器を搭載すれば入力が楽になります。
これを制御するためのプログラムはスイッチ操作で入力する必要があります。必要最小限のプログラムをスイッチ操作で入力し、キーパッドが使えるようになったらそれを利用して機能を拡張していくことで効率よく入力できます。
カセットインターフェイス
カセットインターフェイスを製作すれば入力したプログラムを保存しておくことができます。
ちょっとTwitter(もう「X」と書かなきゃいけないのか)で話が出たので大昔のマイコン開発について書いてみることにします。
マイコン開発といってもツールに恵まれていたであろう業務でやっていたような人ではなくアマチュアの話です。
今マイコンボードを開発するというと、フラッシュメモリを内蔵したマイコンとPCを接続(接続ケーブルなどは簡単に作れるか個人でも買える程度の価格)して簡単に書き込めますし、書き込むソフトウェアの作成もコンパイラなどのツールも無償で使えるものも多く存在します。マイコンの機能はほぼチップの中で完結しているので基板もI/Oの引き出しがメインになります。
一方で1970年代から80年代の頭にかけてアマチュアがマイコンボードを作るといった場合、パソコンを持っていないからいっちょ作ってみるかというパターンが結構あったのです。
当時の本や記事を読むとこの状況を前提として書かれているものがあります。それらを元に当時の人がどうやって何もないところから作り上げていったか書いてみようと思います。
まず当時はCPU, ROM, RAM, I/Oが一つになったデバイスはほとんどありません。
自宅で最初に電子メールが使えるようになったのは1994年頃だったか、今回はその頃の話を思い出しながら書いてみたいと思います。
私はいわゆる「パソコン通信」というものはやっていませんでした。(アマチュア無線によるRBBSはちょこっとやっていました)
大学のメールアドレスはありましたが自宅からのアクセスはできませんでしたし、修了後は使えなくなるのでそれまでに何らかの手段を用意したいと思っていました。
ちょうど386bsdを動かしていましたし、大学のメールの運用にもちょっと関わっていました。
可能なら自宅でメールサーバを運用したいと思いましたが、まだ個人向けISPが生まれたかどうかという時期です。それに接続料を払う余裕もありませんでした。
幸い知り合いに先に運用始めていた人がいたのでそこへ接続させてもらうことにしました。実はその知り合いもまた同じ方法で接続していまして......
好意で繋がせてもらったので迷惑をかけてはいけません。